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2010年6月

2010年6月 1日 (火)

ボディピアスと日本のアングラ@“バイブル”トークライブ

間宮英三『ピアッシング・バイブル』[増補完全版]
発売記念トークライブ@ネイキッド・ロフト(2010年4月21日)

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第一部:間宮英三氏月花嬢ゴッホ今泉氏下関マグロ氏、ケロッピー前田

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その1:日本のアングラ・シーンのはじまり

ケロッピー「今日は最初の『ピアッシング・バイブル』が発売された90年代について語ってもらいたいと思います」
月花「壇上にいる人が、最初間宮さんとどのように関わったのか聞いてみましょう」
ケロッピー「そうしましょう。僕の場合は、92年に間宮さんの公開ピアッシングを取材したのがきっかけで、そのイベントのオーガナイザーがゴッホちゃんだった」
間宮「50人しか入らない会場に300人来て、大変だった」
ケロッピー「まさに日本のアンダーグラウンドが始まった時期というか」
ゴッホ「会場を替えたんでしたっけ?」
間宮「当日はすごいお客さんでね。あわてて今泉くんにお願いして他のフロアーを借りてもらって、そこのステージで」
マグロ「間宮さんが公開ピアッシング・ショーをやりましたね。でも狭い場所だったので、僕なんか何をやってるのか全然見えなくてね」
月花「この空気で皆さんわかると思うけど楽屋もこんな感じでした」
間宮「同窓会みたいなものだからね」
ケロッピー「このメンバーが同じ空間にいるのって、まんま日本の初期のフェティッシュ・パーティみたいな」
マグロ「94年に『チャンネル69』をここにいるゴッホとやってたときに、間宮さんに出演してもらいました」
ゴッホ「それ覚えてます。フライヤーを書くために間宮さんの似顔絵を描いたんで」
間宮「大人のための夜のカルチャースクールというね」
マグロ「よく覚えてますね」
ケロッピー「そういう話をマグロさんは本に書かれていまして」
月花「『東京アンダーグラウンド・パーティ』ですね」
ゴッホ「これを読めば当時のことが全部わかるわけですね」
月花「マグロさんは、あの頃よく取材に来てましたよね」
ケロッピー「マグロさんはシーンの生き証人ですよ」
マグロ「初めてピアスの人を見たのはある人の自宅でのパーティ。全身にピアスをした人が、どうやらおちんちんにもピアスをしているらしく、みんなが見たいってことになって。普通、性器なんてなかなか見れないけどピアスの世界は面白いなと。女性でも見せてくれるんですよ、感動的でした。そうしたら、ゴッホのイベントでは、耳以外のピアスをしてる人は半額だってフライヤーに書いてあって」
間宮「当時はボディピアスやSMが流行って、それを見ることができるのが夜のクラブ・シーンだったんですね」
ケロッピー「あの頃面白かったのは間宮さんがテレビによく出てたじゃないですか。今の若い子たちと話すと、深夜にピアスの番組がやっていたのが信じられないって」
間宮「積極的に出てたわけじゃないけどね。タトゥーはすでにブームがきていたし、刺青については70年代にも一回ブームがあったから」
ゴッホ「そんなブームがあったんですか?」
間宮「そう、彫師さんがテレビに出てたこともあった」
ケロッピー「ヤクザ映画がヒットしていたころですよね」
間宮「三島由起夫とかね。ピアスもブームがあったけど戦前まで話が遡っちゃう」
月花「戦前のピアスってどういうのですか?」
間宮「性器関係だよね。ごく一部のアングラの人の間だけどね。まだメディアもなかったから」
ゴッホ「その頃って、ピアスのことをなんて言ってたんですか?」
ケロッピー「『刺環(しかん)』という言葉があった。刺青のことを刺す青で、ピアスは刺すリング(環)。奇譚クラブとかにも出ていた」

その2:アメリカ西海岸からピアス日本上陸

間宮「90年代って、アメリカにいろいろと面白いものがありまして、私はそういうものを輸入して売るということをやっていた」
ゴッホ「最初の頃は、間宮さんのところそういうのありましたね」
間宮「そういうカルチャーを輸入してね」
ケロッピー「海外の話だとリサーチ社の『モダン・プリミティヴズ』という本とか。やっぱりピアス&タトゥーで現代に通じるものは80年代後半のアメリカ西海岸、ロスやサンフランシスコから始まった」
ゴッホ「やっぱり東じゃなくて西だったんですね?」
ケロッピー「当時はね」
間宮「リサーチはカルトムービーの本も出していて、それが面白くて、次に出したのが『モダン・プリミティヴズ』だった」
ケロッピー「僕もピアスやタトゥーの本を作るようになったのは、『モダン・プリミティヴズ』の日本版をやりたかったから」
ゴッホ「ケロッピー氏がこの本と出会ったのはいつくらい?」
ケロッピー「僕は91年くらい」
間宮「この本を作った人たちは常にエッジなものを探していて偉いよ。カルトムービーという言葉が一時日本でも流行ったけど、私もそれをメシの種にしていた時代がある」
ケロッピー「その頃、ビデオデッキが発売されて、名前だけ有名でも映画館でなかなか上映されない作品をビデオで観れるようになった。そういう映画がカルトムービーと呼ばれていて、そのブームが海外で始まって日本にも上陸した」
間宮「当時、日本で入手困難なビデオを輸入するとすぐ売れた」
月花「そんなこんながあって、『ピアッシング・バイブル』が発売されたのは衝撃的だったのよ」
ケロッピー「それが90年代のアングラ・シーンの盛り上がった98年に一冊に纏められて、ピアスというジャンルが確立した」
月花「日本の本でこんなに詳しく書かれているのってなくて。すごく分かり易いし」
ゴッホ「まだ“バイブル”が出る前に間宮さんの所に遊びに行ったら、間宮さんのネタ帳みたいなものがあって」
間宮「ありましたよ。要するにボディピアスを説明しなきゃいけない。当時はボディピアスという言葉すらないから。『ボディ・ピアスとは』みたいな同人誌も作りましたよ」
ゴッホ「だから“バイブル”が出た時はずっと見たかった間宮さんのネタ帳が見れたって思いましたね」
間宮「カタログがないとね。メニューがないと注文ができないから」
月花「私はその前後くらいに間宮さんが色々試してたのを覚えてます。インプラントの研究をしてるからって、皮膚を剥離してて」
間宮「黎明期は道具も何もないから自分で作るしかない。人に試す事もできないから、自分に試すしかない」
月花「毎日、色々と試してましたもんね。その時に聞いた名言で『細胞を騙す事が大事』って言ってましたね」
間宮「ピアスが身体にくっついてるというのは普通じゃあり得ない。それを騙すのが大事」
ゴッホ「僕は耳だけですけど7~8個のピアスをつけてたけど、細いやつだったら、聴覚検査のときのヘッドホンが凄く痛くて。でも間宮さんのところで太いものに替えたらもう痛くない、間宮さんのところのピアスじゃなきゃダメだなって」
ケロッピー「そういう話は、“バイブル”を見てもらえれば色々書いてあって、今はピアスが出来る部位の名称だけでも100個近くある。あと、90年代後半にインターネットが普及して、98年の最初の“バイブル”は、すでにインターネットで使って、情報を集めていた」
月花「国産のピアッシング・ニードルを作ったのも間宮さんが最初ですよね」
間宮「そうね。日本人は刃物が得意なんだよ。だから日本人に作らせた方がもっと切れるようになるだろうと」
ゴッホ「確かに間宮さんのところにすごいぶっとい針があって、痛そうなんだけど、実際はそんなに痛くなかった」
月花「私も輸入と国産を比べてみろって言われて試したら全然違った」

その3:サブカルの黄金時代

ケロッピー「98年、初版の“バイブル”を作ったとき、間宮さんはどんな立ち位置でしたか?」
間宮「とにかく、何かにまとめておかないと、という気持ちがありました。どこかで書いておかないと先に進まないよね。批判があっても然るべきだし、恐い部分もありましたよ。当時はこれはどの本の翻訳かって聞かれましたね。でも、海外と日本は違うから、向こうの資料が全て正しい訳じゃないと思っていたし、すべて自分で確かめてみて」
月花「ピアッシング・ジュエリーのボールとバーベルについても、色々ありましたよね。どっちがオスがいいかとか」
間宮「どこまで細部にこだわっていたかが大事なの」
ケロッピー「当時、間宮さんはマスコミにもよく出ていたし、ボディピアスを日本中に広めた功績はとても大きいですよ」
マグロ「98年はサブカルバブルみたいな年で、僕も色々本を出させてもらったし、マスコミもサブカルに注目してた。“バイブル”もちょうどその時期でしたもんね」
間宮「本屋に、サブカルというコーナーができたぐらいでしたしね」
マグロ「だからブームの頂点にいたみたいな」
月花「バーストが注目され始めたのもこれくらいじゃなかった?」
ケロッピー「バーストが創刊したのは95年だけど、タトゥーをメインにし始めたのは96年。月刊化は99年からだから、確かにそういうタイミングだったね」
マグロ「間宮さんもテレビの深夜番組によく出てて、アングラのヒーローみたいな感じでしたもんね」
月花「私、ムチの先生でいっしょに番組にでましたよ」
ゴッホ「間宮さんがインディ・ジョーンズと同じムチを持っていて」
月花「海外で変なものを見つけてはみせびらかしてね」
間宮「その頃は、インターネットで妙なものを探すのにハマってた」
ケロッピー「やっぱり90年代って元気があったよね。いろんなものがテレビに出てたりして」
間宮「制作費が安かったんじゃないですか? 深夜番組はお金がないから。お金はないけど何でもやれるみたいな」
ケロッピー「毎週、ピアスの番組をやってたときもありましたよ」
間宮「チャンネル99でね。今では考えられません」
月花「私の胸のタトゥーも番組でやりましたもんね」
ケロッピー「そういう意味で、90年代に面白かったものが10年を経て、『ピアッシング・バイブル』[増補完全版]となって戻ってきた。ピアスを通じて、この10年を振り返ってもらうのも面白いかもしれませんね。マグロさん的にはどうです?」
マグロ「90年代は何が起こるか分からないハプニング感がありましたね。でも2000年以降はお膳立てされた感じがしますよね。90年代だったら、こんなイベントに来たら、その場でピアスされちゃうんじゃないのみたいな(笑)」
ケロッピー「いろんなものが90年代ってごちゃ混ぜになってましたからね」
マグロ「ゴッホのイベントには色々な人が来てたもの」
間宮「あともう10年くらいしたら何か起こるかもね」
ケロッピー「じゃあ、90年代のあと、ゼロ年代ももう終わってようやく新しい時代が来るという。そろそろ、何かをしてもいいんじゃないかという気分で、間宮さんどうですか?」
間宮「何か来るんじゃないですか? 波がありますからね」
月花「“バイブル”読めよってことですか?」
マグロ「何か新しいものが生まれるって思ってもいいんですか?」
間宮「まあまあ(笑)」
ケロッピー「ここに集った人達が新しいカルチャーを作ってくれるかもしれませんからね。10年後にはまた“バイブル”を出しましょう。
月花「さらなる増補版だね。どんどん厚くなってくね(笑)」

~休憩~

ピアッシング実演映像の上映ののち、第二部は5人のピアス愛好者にご出演いただき、質問コーナーが行われました。

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第二部:間宮英三氏、月花嬢、蠍くん、小夜ちゃん、サイコソースくん、マリちゃん、ケムリちゃん、ケロッピー前田

終演後には、著者・間宮英三氏によるサイン会がありました。

ご協力いただいた皆さん、ありがとうございました。
主催:ケロッピー前田
協力:コアマガジン

ピアッシング・バイブル

ピアッシング・バイブル

著者:間宮 英三

ピアッシング・バイブル

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