【グローバル化が招いた新たな“核の脅威” 事故・テロ・災害で突然勃発する放射能地獄】
『BUBKA』(コアマガジン)の連載「世界近未来通信」より、1年ほど前に執筆したもの。

アメリカNY郊外、高速道路沿いに平然と煙を上げる原子力発電所が!!
【グローバル化が招いた新たな“核の脅威” 事故・テロ・災害で突然勃発する放射能地獄】
「ついに人類は核のボタンを押してしまった!!」
そんな空想は、米ソによる核による抑止が成立していた頃こそ有効だった。今やそれは、ハプニング的に(!)起こり得る“現実”なのだ。
第二次大戦下、打倒ナチスのためにアメリカで作られた原子爆弾は1945年に日本で実践使用された。開発スタッフの一人クラウス・フックスは、アメリカの核独占を危険視し、ソ連に原爆情報を漏洩。米ソが全面核戦争の可能性を前提に、戦闘なき戦いを続ける「冷戦」状態に入った。91年のソ連崩壊までの約45年間、2つの超大国による核の抑止というバランスがある種の世界の安定を保っていた。86年のチェルノブイリ原発事故がソ連崩壊のきっかけのひとつであることは皮肉な結果だ。
冷戦終結によって、世界平和が訪れるかと思われたが、アメリカ一極集中型のグローバリズムは非常にいびつなもので、結局、テロの時代と世界経済の混乱を招いた。「大量破壊兵器」を口実に始まったイラク戦争の失敗が、他の小国に「核を持つ」ことこそが独立国家のアイデンティティであるという認識を与え、核の流出と拡散が進んでいる。もはや、核による戦争の抑止という核議論の本質が意味をなさなくなっているのだ。
一方で、「地球温暖化」という絶好の理由付けで、石油に替わるエネルギーとしてますます勢いづく原子力。チェルノブイリ原発事故では、広島に落とされた原爆の約400倍もの放射能がまき散らされたというのに、安全性よりも経済効率を重視した流れが止められない。さらには今も続く「核実験」、今まで人類が行った実験でまき散らした放射能はチェルノブイリの一千倍ともいう。
アメリカ国内では“まだ何もしていない”と不評のオバマ大統領が、核廃絶を訴えたという理由で、就任早々にノーベル平和賞を受賞したのはなぜか。複雑化した核の現実はもはや空想の追従を許さない。
我々は真にリアルな「核の時代(アトムエイジ)」に生きていることを忘れてはならない。
【「地球温暖化」という名の“原子力発電所推進計画”】
◆今や核ミサイルより恐い原子力発電所。もし事故か災害で原発に何かが起きたなら、その被害の大きさは1986年のチェルノブイリ原発事故を見ても明らかだ。それでも「地球温暖化」解決の選択肢として、欧米での原子力推進の勢いは止まらない。核廃棄物処理問題も後回しのまま、石油に替わるエネルギーとして世界は原子力時代へと移行しようとしている。電気自動車の開発に大手メーカーが本気になり始めたのもその証拠なのだ。
【宇宙で、深海で、米ソ冷戦時代の核開発の真相】
◆米ソ冷戦下での宇宙開発競争の背景に、両国の核ミサイル戦略があったことは誰もが承知の事実である。一方、深海では、1954年、アメリカが世界最初の原子力潜水艦ノーチラス号を完成し、ソ連がそれに続き、世界の半数近い核兵器が深海に潜ることになった。それでも核保有国が限られていたからこそ、核による戦争の抑止論が成り立っていた。しかし、小国までが核を持つ現代、核は戦争抑止の切り札になるのだろうか。
【衝撃的な「核実験」の瞬間が暗示する21世紀の脅威】
◆第二次世界大戦下、アメリカの「マンハッタン計画」によって原子爆弾開発が進められ、1945年7月16日、最初の核実験がニューメキシコで行われ、8月には広島、長崎で実戦使用された。その後、1963年に地上核実験が国際条約で禁止されるまで、マーシャル諸島、ネバダ砂漠などで、アメリカだけでも216回もの核実験が行われたことが公表されている。現代も臨界前核実験などが続けられ、核の脅威は常に身近かにあるのだ。
【空想が生んだ「核の時代」のユートピア】
◆冷戦最中の1972年、イギリスで創刊された雑誌『アトムエイジ(核の時代)』は、世界最初のラバーフェチの専門雑誌だった。創刊者ジョン・サトクリフは、ラバーのファッション・デザイナーとして、テレビや映画のSF作品の衣装を手掛け、空想上の核戦争後の“未来”のイメージを作り上げた。「世界核戦争なんて起こるはずがない」という米ソによる核の抑止が機能していればこそ、空想の中での新たなフェティシズムが花開いた。
※『BUBKA』2010年2月号掲載
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